2016年06月10日

ノサダ

28年度 夏季特別展のお知らせ
特別展「薄桜鬼 刀剣録 〜幕末維新の刀剣展〜」

はい、また備前長船刀剣博物館で刀剣展示です。
たぶん前に見た兼定出てくるんでしょうね。
また行きたい…

というか
○幕末維新の事件と武器武具
生麦事件、桜田門外の変にかかわった刀剣、薩英戦争を助けた刀剣
ペリー提督を撃ち払うために作られた火縄銃、神戸事件の瀧善三郎自刃短刀と遺書
岡山縁の新選組隊士の刀剣、伝来の洋式銃、菊の御旗 など


この辺がすごく気になります。
薄桜鬼はさわりしか知らないしね…。
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2016年04月14日

兼さん

大宝蔵殿 特別開扉「仏教と刀」 特別展示「噂の刀展」

《噂の刀展》
妖刀 村正(初代・二代・三代) 正宗
虎徹(初代・二代) 十一代兼定 和泉守兼定
同田貫正国(初代・後代) 加州清光 国俊 堀川国広
大和安定 陸奥守吉行 長谷部 左文字 清麿
舞草刀 宝寿 安綱 真田幸村所用(正宗) 他

兼定見に行かなきゃ(使命感)

にしてもミーハー向けなラインナップっで笑える
posted by 芹沢鴎 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

近場で行われる刀剣の展示の事

マジックの次のエキスパンション「戦乱のゼンディカー」がすごいことになってますね。
通販でカートン売り切れて何事

まぁそんなことは関係なく刀剣の話するよ。
何だかんだでヘイト溜まってきた刀剣乱舞。戦艦とかよりも刀のほうが好きなんでやってます。あと、ニトロプラスだしね。

まぁそんなこんなで最近刀剣の展示が増えてきたのでメモがてらまとめようかなと。
と言っても近所だけやったり、そこまで把握出来てないですけどね。

真剣少女の日本刀展
備前おさふね刀剣の里 備前長船刀剣博物館
平成27年7月18日(土曜日)〜9月13日(日曜日)
にっかり青江etc

宝物館特別公開のお知らせ
石切劔箭神社
9月20日、21日、22日、23日の4日間、午前9時から午後4時まで
石切丸etc

刀剣を楽しむ─名物刀を中心に─
京都国立博物館
「薙刀直シ刀(名物骨喰藤四郎)」「刀(名物義元左文字)」「刀 銘吉行」

とりあえず、この辺は行っておきたいなぁと。
にっかり青江は普段丸亀城なんで、せっかく本州に来てるのでねぇ
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2010年03月27日

くゎんひょうえ

黒田官兵衛と竹中半兵衛を二兵衛って言うのと、両兵衛って言うのどっちが多いんですかね?
個人的には二兵衛ですけど。

あと黒田官兵衛と言うよりも、黒田如水の方が言いやすいとかなんとか。
どうでもいいっすけどね。

そんな半官クラスタ。

まぁとにかく播磨灘物語をはよ大河ドラマにせいと。
あ!官兵衛も応援しとるよ。
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2009年04月15日

各都道府県10名城

先日の日記の三木合戦的な本で書いていた、
歴史読本 2009年 05月号読んでみました。

予想していた兵庫10城は、

姫路城、明石城、赤穂城、三木城、花隈城、尼崎城
篠山城、竹田城、上月城、洲本城

でした。


本紙の結果は....

結果
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2007年11月15日

司馬

先日司馬遼太郎の「播磨灘物語」を読み終えた。
黒田官兵衛のお話。

1巻は官兵衛の祖父から始まり、官兵衛が信長に出会うまで。
2巻は信長の播磨進出、加古川評定、別所の離反、荒木造反まで。
3巻、獄中官兵衛から三木合戦終結、四国。
4巻、備中高松城攻め、本能寺の変。それ以降は若干早足で官兵衛が死ぬまで。

個人的には3巻が一番の見所かと。
三木合戦が主に書かれていて、官兵衛の獄中での生活、三木城への兵糧攻め、竹中半兵衛の死、別所長治の自害など本当にたくさんの見所がある。


とりあえず、次も三木合戦関係で、同じく司馬遼太郎の軍師二人を読んでみようかな。


参考程度に…
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2007年02月14日

三木鉄道三木駅

なんとなく更新。

三木と加古川を結ぶローカル線の始発駅。
正式名称は「三木鉄道株式会社」。株主は三木市長など。
元日本一短い鉄道。

三木鉄道三木駅三木鉄道車両三木鉄道時刻表


写真は三木駅と車両(ミキ300-104)。ついでに時刻表。
車両は平成19年2月7日。駅舎、時刻表は同10日。
公式webページがないので、時刻はyahooとかで調べましょう。

ちなみに廃線が決まりました。
現社長の意向です。
バスに切り替えるらしいですが、料金と所要時間が増えるようです。
減るのは三木市の赤字だけです。あと、利用者も減るかもしれません。
ちなみにバスは神戸電鉄、恵比須駅まで行くらしいです。
前社長の頃は路線バスの様なものに切り替えて、神戸電鉄三木駅まで繋げる計画があったんですがねぇ。
その辺は神戸新聞のwebページ等で。

三木駅90周年記念

おまけで「開駅90周年記念入場券(600円)」の写真。
発売は平成18年11月頃やったような…
ちなみに「三木鉄道10周年記念乗車券(1100円)」も発売中。
これはいつ発売やったんやろか…


神戸新聞の記事
posted by 芹沢鴎 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

竹中半兵衛重治墓

040825半兵衛墓.jpg

知らん人の方が多いくらいマイナーな武将ですが、竹中半兵衛の墓です。
所在地は兵庫県三木市の平井山にあります。(故郷の岐阜県にもあるみたいです)
この人で有名な話といえば、稲葉山城乗っ取りとか秀吉の三顧の礼ですかね。
えぇ〜秀吉の軍師で、三木合戦の際に兵糧攻めを進めたとか、
教海寺からの竹筒を発見したとかあったような気がします。
賞味良く知らないのです。

それでも好きな武将には変わりありません。
出来ればもう少し長生きして欲しかった。
そしたら三木城が白鷺城になったかもしれない。

因みにドラマなどでたまに半兵衛は出てきますが、ほとんどの場合三木で死んだとは出ません。
むしろ三木合戦そのものに触れられません。
何かの意図でしょうか。兵糧攻めが悪名になるからか?
まぁ兎に角半兵衛は平井山で死んだのです。

岐阜の方の墓は知りませんが、平井の墓はずいぶんと質素なものですが、
半兵衛らしいような気もします。

写真は平成17年8月25日のものです。
posted by 芹沢鴎 at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

岡山城

050918_1429~01.jpg050918_1449~01.jpg

SN250019.JPGSN250020.JPG

携帯カメラですがバシバシ撮ってきました。
デジカメ欲しいなぁ


さて岡山城、別名『烏城』の名の通り黒いです。
まるで秀吉の大坂城を彷彿とさせます。

パンフレットを見て色々と説明を書いていこうと思ってましたが、
ホームページがあるみたいなので、そちらを見といてください。
手抜きじゃありません。

この城はあれですね、派手でないのが派手であるという綺麗な黒い城ですね。
金の鯱などの装飾がより一層黒を引き立てています。
城自体はちっちゃい様な気もしますがね。
色々歴史がある城なので、歴史(城主)の移り変わりがよく分かれます。
(石垣の積み方が違うとか)

岡山行く機会があれば行った方がいいと思いますよ。
隣の後楽園も一緒に。

にしても外人多かったなぁ


ホームページ
地図
posted by 芹沢鴎 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月30日

今はただ 恨みもあらず諸人の 命に代はる我が身と思へば

040826長。ォ句.jpg

播磨三木城城主別所長治辞世の句石碑

羽柴秀吉に死ねと言われて妻子を殺して自殺した人。
こんな説明はあかんな^^;

真面目に要約すると、
信長が播州進出を秀吉に任した。
途中の三木で別所氏と会談。
長治のおじちゃんマジギレ。
別所氏、毛利方につく。
三木合戦開始。

中略

1年11ヶ月後
別所方降参。
長治一族、城下の人を助ける為に自刃。
天正8年1月17日22歳であった。

まぁこんな適当な文より
分かりやすいサイトや本はいくらでもある?のでそっち見たほうがいい。
下の本が分かりやすいと思う。
色々と詳しく書いてる。


2004年8月26日撮影

次は半兵衛かな。
posted by 芹沢鴎 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月26日

星陽中裏手

040825首塚.jpg

毎週日曜日に神戸新聞で連載されているコタニマサオさんの漫画で、今日教海寺の事が書いてありました。
コタニさんの漫画は毎週日曜に三木の歴史についての書いてある漫画で、最近は三木合戦の内容でした。
今日は秀吉が寺院を焼き払ったという内容でした。そこで、教海寺が出てきました。
そこで今日は、教海寺について私が知っている限りのことを書いてみます。

まぁだいたいは今日の新聞に載っていた事ぐらいしか知らないのですが、私の知っている内容はこうです。

三木合戦で、別所長治と羽柴秀吉が戦った。長治が篭城したので秀吉は兵糧攻めをした。
そして幾日が過ぎた。しかし食料が無くなってもいい頃なのだが、一向にその気配が無い。
不審に思った秀吉は三木城の辺りを調べた。
すると川から竹が流れてきた。不思議に思い竹の中を見てみると、なんと米が入っていた。
その竹を調べてみると、脇川の教海寺らしい。
秀吉は早速教海寺へ向かうと寺を焼き払い逃げる僧を追い、大柿(豊地)までやってきた。
僧を追い詰めると、秀吉はその僧に証文を書かせその首をはねた。

とまぁ以上です。

因みに僧に証文を書かせたとされる「証文坂」は今、星陽中学校の校舎と校庭の間にある坂らしいです。
その時秀吉が座ったとされる「太閤岩」は中学校の裏にある山(今はゴルフ場)のどこかにるらしいです。
そしてその首をまつってあるのが上の写真の首塚です。

これらの事は以前祖父に聞いた事で、その祖父が最近他界してしまったので、詳しく知ることが出来ません。
かなり残念です。まだまだ三木合戦の事を聞きたかったのですが。。。

そこで、誰かこの首塚について詳しい事を知っている方は居られないでしょうか?
もしいらっしゃったらこの記事にコメント、もしくは掲示板に書き込んでください。
首塚だけでなく三木合戦全体の事でもかまいません。お願いします。

写真は2004年8月25日に撮影したものです。
posted by 芹沢鴎 at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月28日

行ってきました。

image/dejavu-life-2005-03-28T15:53:30-1.jpg大阪城!
posted by 芹沢鴎 at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月15日

案外行ったこと無いなぁ

カゴテリ「城」を追加!
ここでは行ったことのある城を写真と一緒に載せていこうかなぁーと思っています。

今までに行った事がある城は、大阪の「大阪城」兵庫県三木の「三木城」「慈眼寺山 裏山城」兵庫小野「池尻城」ぐらいかなぁ。。。
しかも、大阪城は小さい頃に行ったぐらいであんまり覚えてないし^^;
後の三つは、最近写真撮ってきたから、近いうちに載せてみようかな。
posted by 芹沢鴎 at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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