2005年07月30日

今はただ 恨みもあらず諸人の 命に代はる我が身と思へば

040826長。ォ句.jpg

播磨三木城城主別所長治辞世の句石碑

羽柴秀吉に死ねと言われて妻子を殺して自殺した人。
こんな説明はあかんな^^;

真面目に要約すると、
信長が播州進出を秀吉に任した。
途中の三木で別所氏と会談。
長治のおじちゃんマジギレ。
別所氏、毛利方につく。
三木合戦開始。

中略

1年11ヶ月後
別所方降参。
長治一族、城下の人を助ける為に自刃。
天正8年1月17日22歳であった。

まぁこんな適当な文より
分かりやすいサイトや本はいくらでもある?のでそっち見たほうがいい。
下の本が分かりやすいと思う。
色々と詳しく書いてる。


2004年8月26日撮影

次は半兵衛かな。
posted by 芹沢鴎 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 城(歴史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/5475319
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック